-
箱ずしへの移行
切り身漬けの発酵ずしは、酢がつ使われるようになり、今日的な箱ずしへと発展していく。
-
「こけら」の意味
「こけら」とは、ひとつには木クズの意味がある。ご飯に混ぜるために薄切りした魚の身を木クズに見立てたのであろう。典型的な「切り身漬けのすし」であり、発酵ずしであることは言うまでもない。もうひとつ、瓦代わりの薄い板を指す意味がある。現在でも、箱ずしを作る際には「具材は、瓦板を並べるように、少しずつ隣に重ねながら置いてゆく」という大阪ずしの職人がおり、それゆえか、関西の箱ずしは「こけらずし」の異名を持つ。ことらはもちろん、酢を使った早ずしである。
-
こけらずし
すしの発生上、当初の具材は生魚であったはずだが、後に、卵焼きや野菜類も併せて乗せるようになった。『守貞漫稿』にとれば文政から天保のころ(1839ころ)、大阪の心斉橋筋の「福本」なるすし屋が、従来の箱ずしよりも具材を充実させた。
それまではトリガイを使うのが常だったのを、タイ、・アワビ・卵焼きなどで豪華に厚くしたすしを売り始め、大好評を博したという。この豪華な箱ずしが、「こけらずし」と呼び分けられるのだとも伝えている。
-
抜き出して切り分ける
箱の中の芸術品とも呼ばれる大阪の箱ずしは、この時期をもって、一応の完成をみた。今日の大阪の箱ずしの押し箱は、枠と呼んでもよいくらいの大きさである。このサイズは今に始まったことではなく、幕末期には「四寸四方」という規格ができていた。けれども他地方においては、大量のすしを発酵させる従来のすし容器を踏襲して大型の押し箱を使用することもあったはずで、通常、箱ずしとは多人数分を一挙に作り、箱から抜き出して切り分けるという手法を採る。
-
「押し抜きずし」
「切る」という工程を回避するために、ひとつは箱を小型化することが考えられる。一口サイズに抜き出す、あるいは抜き出した後に包丁を要しない「押し抜きずし」は、その究極的な形態と言えよう。大阪のはきずしは、一人前ずつ作り出す程度に容器の小型化を果たした反面、最終的には「切る」という工程を残している点で、双方の中間的形態と位置づけられる。
-
「起こしずし」
一方、箱から抜き出して小さく切り分ける工程を省略するために、箱から抜き出さず、さじですくい取る方法も現れた。さじで起こすから「起こしずし」と呼ばれたこのやり方は、大阪の堂島では「すくいずし」と名づけられて商品化されたと『名飯部類』に載っている。
-
混ぜずし
救い出されたすしは、もはや塊をなさず、ついには最初から押しをかけないすしの誕生に至る。これが、混ぜずし(ちらしずし・五目ずし)である。ここに、押しをまったくかけない、前代未聞のすしが誕生した。発酵ずしは言うに及ばず、早ずしもまた。
多かれ少なかれ押しの工程を有するゆえ、これはすしの歴史の中では画期的なできごとだと言える。