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NO3「輿兵衛の鮓 明治43年著」酢と塩

酢は尾州半田で醸造します「山吹」に限る。

(ミツカン酢の三つ判の山吹で江戸前の鮨にはぴったり適した濃色の赤酢)

酢は夏季には利き過ぎるので分量を加減する。

又、腐敗が早いからこれを防ぐには一つまみの塩を入れる

塩は飯用(シャリ)には新斎というのがよい。又、魚類用(仕込み)には赤穂を使い、区別して用いる。

(新斎とは苦汁を除いた塩、徳島県斎田で初の塩田が開かれたので、斎田塩からの呼び名)

(赤穂は忠臣蔵の発祥地兵庫県赤穂で産出)

参考文献 解説家庭の鮓のつけかた 吉野曻雄 吉野鮨本店(日本橋)著

 

N02「江戸を食す 輿兵衛の鮓 明治43年著初代花屋輿兵衛とは 

握りずしは「初代花屋與兵衛」により大成された。


この與兵衛(1799〜1858)は、福井藩出入りの八百屋のせがれで、九歳の時に、江戸・蔵前の

 

札差板倉屋清兵衛方に下男奉公に入り、十数年間を勤め上げる。


父は泉籐兵衛、という。福井藩の下級武士ではなかったかと考えられる。

 

彼は二十数歳で板倉屋を退いた。がんらい器用な性質だったらしく、握りずしを創案したと伝えられる。

 

文化7年(1810)に江戸本所横綱(現在の東京都江東区)の長屋に住み鮨屋を開業した。


毎夜、我が家に近い岡場所(私娼窟)を夜明け頃まですしを売り歩いて小金を貯め、

 

当時は歌舞伎や浄瑠璃の芝居小屋が立ち並ぶ江戸有数の繁華街である両国、


しかも勧進相撲興行の会場でもある

 

尾上町(両国回向院前)の前に文政年間(1818〜1830)に小さな店を持って『與兵衛ずし』の看板を上げた。

 

参考文献 解説家庭の鮓のつけかた 吉野曻雄 吉野鮨本店(日本橋)著

                                               

No1「江戸を食す 輿兵衛の鮓 明治43年著」 家庭 鮓のつけかたの本 

お客様には目に触れることが少ない本でありますので参考になればと掲載してまいります。 

古い「與兵衛の鮓」の仕事を知るための資料として、與兵衛寿し4代目主人の弟でもある

小泉清三郎「俳人小泉迂外(こいずみうがい)が明治43年に記した

「家庭の 鮓のつけ方」という本である。 

この本は家庭では、最も苦手とされる「握りずし」を丁寧に書かれた手引書である。 

素人相手の手引き書といわれても、玄人たちがそこから教えられるものは決して少なくないはずである。 

口絵の部分には、明治10年頃、実際に「與兵衛寿し」で握られていた鮓を日本画家の川端玉章が

写生した15種類の絵が描かれている。 

(意味するところ有りすしの文字に鮓・鮨・寿しが使い分ける)

 参考文献 解説家庭の鮓のつけかた 吉野曻雄 吉野鮨本店(日本橋)著

 

 

 

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